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ある日、主要取引先(大手・元請けメーカー)から一通の通知が届く。「脱炭素の取り組みとして、来期までに御社起因のCO2排出量(Scope3・スコープ3)を算出して報告してほしい。対応できない場合、今後の発注を見直す可能性がある」。
「ニュースで見る脱炭素が、まさかうちみたいな部品メーカーにまで降ってくるとは」「そもそもScope3って何だ」「専用の算定ソフトなんて数百万する。そんな予算はどこにもない」——取引停止の不安と計算の煩雑さに焦り、思わずスマホで検索している。そんな担当者の方に向けた記事です。
結論からお伝えします。いま高額な専用ソフトを買う必要はありません。手元にある電気代やガソリン代の請求書と、環境省が無料で公開しているツールがあれば、まず自社分の排出量から算定を始められます。
この記事でわかること
- そもそも誰が・何のために報告を求めているのか(自社は何を、どこに出せばいいのか)
- Scope1・2・3とは何か(製造現場の具体例でスッキリ理解)
- 1円もかけずに、手元の請求書から自社分の算定を始める具体的な手順
まず整理:なぜ、中小の取引先にまでCO2報告が求められるのか
いきなり「Scope3を出せ」と言われても、”誰が・何のために・何を求めているのか”が見えないと動けません。まずはこの構造から整理します。
大きな流れは、2050年カーボンニュートラル(国全体で温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標)に向けて、企業がCO2排出量の把握と削減を求められている、というものです。その第一歩が「自社がどれだけ出しているかを数える(算定する)」ことになります。
きっかけは、投資家が企業のCO2情報を重視するようになったこと。これを受けて「SSBJ基準」という開示ルールができ、プライム市場に上場する大企業には、自社の排出量を有価証券報告書で開示する義務が段階的に課されます(2027年3月期の時価総額の特に大きい企業を皮切りに順次拡大。対象拡大の範囲・時期には検討中の部分もあります)。
ここで鍵になるのが、大企業の開示範囲の広さです。開示する排出量には、自社の工場から出た分だけでなく、「仕入れた部品が作られるときに出たCO2」=部品を納めている取引先の排出まで含まれます。この”自社の外”の排出を指す区分が「Scope3」(詳しくは次の章で説明します)。だから大企業は、この数字を計算するために、取引先の中小メーカーに排出量データを求めるのです。
こうした要請は「グリーン調達」の一環として行われることもあり、いまや一時的な流行ではなく、取引を続けるための条件になりつつあると捉えておくのが現実的です。
このScope3を含む「Scope1・2・3」という区分は、それぞれ何を指すのか。要請に応える範囲を判断するためにも、まず言葉の意味から整理しましょう。
そもそもScope1・2・3とは?
CO2排出量は、国際的なルール(GHGプロトコル)にもとづき、自社の内と外で次の3つの範囲(スコープ)に分けて捉えます。
サプライチェーン排出量 = Scope1 + Scope2 + Scope3

| 区分 | 意味(ざっくり) | 製造現場での具体例 |
|---|---|---|
| Scope1 | 自社が直接出すCO2(燃料を燃やす) | 乾燥炉やガス溶接で使う燃料ガス、社用トラック・フォークリフトの軽油やガソリン |
| Scope2 | 買ってきた電気・熱を使って出るCO2 | 工場の照明、エアコン、機械を動かすための購入電力 |
| Scope3 | 上記以外の、サプライチェーン全体で出るCO2 | 仕入れた鋼材や樹脂が「作られたとき」の排出、部品の配送、出た廃棄物の処理 |
ポイントは、Scope1・2が「自社の敷地の中」の話なのに対し、Scope3は自社の外=取引先も含めたつながり全体を指すことです。
もう1つ、Scope1と2で迷いやすいのが分け方の軸です。機械の種類や発生する熱の大きさではなく、使っているエネルギーの種類で決まります。自社で燃料(ガス・灯油・軽油など)を燃やして出るCO2がScope1、買ってきた電気を使う分がScope2。たとえば同じ乾燥炉でも、ガス燃焼式ならScope1、電気ヒーター式ならScope2に入ります。
では、何をすればいいのか:まず「自社のScope1・2」の算定から
言葉が整理できたところで、本題です。報告を求められた側(大企業に部品を納める中小メーカー)は、何をすればいいのでしょうか。
報告を求められた側に、有価証券報告書で開示する義務はありません。やることは、自社の排出量(まずはScope1・2)を算定して、報告を求めてきた取引先に提供すること。提出先は、国や役所ではありません。
なお、取引先が「Scope3」という言葉で求めてくるデータの実体は、多くの場合、この「自社のScope1・2」です。
立場ごとに整理すると、こうなります。
| 立場 | やること | 誰に出すか |
|---|---|---|
| 大企業(元請け・報告を求める側) | 自社のScope1・2・3を開示 | 有価証券報告書(投資家・国) |
| 中小メーカー(取引先・部品を納める側) | 自社の排出量(まずScope1・2)を算定して提供 | 報告を求めてきた取引先 |
まず出すのは、先ほどの区分でいう「自社の敷地の中」の分=Scope1・2です。一方、仕入れた鋼材の製造時排出などのScope3は、本来、取引先の分を合計して算出する大企業側が扱う大きな塊。最初からそこまで求められるとは限りません(この点はFAQでも触れます)。いきなり完璧を揃える話ではなく、手元の電気代・燃料代の記録から始めれば大丈夫です。
算定の基本はこの1本の式だけ:CO2排出量 = 活動量 × 排出原単位
CO2排出量 = 活動量 × 排出原単位
算定と聞くと身構えますが、基本の考え方はこの式だけ。用語を現場の言葉に置き換えると、こうなります。
- 活動量=「どれだけ使ったか」の量。電気なら使用量(kWh)、燃料なら軽油やガソリンのリットル数、材料なら仕入れたトン数や金額。
- 排出原単位=「1単位あたり、どれだけCO2が出るか」の係数。たとえば「電気1kWhを使うと何kg-CO2」といった値。
つまり、検針票の使用量に原単位を掛けるだけ。その答えがCO2排出量です。まず出す自社のScope1・2は、この式で計算できます。
なお、Scope3(仕入れた材料の排出など)まで求められた段階では、算出方法が2つあります。仕入先から実際の排出量データをもらう方法(一次データ)と、仕入量や金額に原単位を掛けて自分で推計する方法です。仕入先からすぐにデータが出てくることは少ないため、中小企業がまず取り組むなら、後者(自分で推計)で十分です。
「排出原単位」は、環境省が無料で公開している
「原単位なんてどこで手に入るの?」という疑問こそ最初の関門ですが、頼りになるのが環境省・経済産業省が用意する公的なツール群。しかも無料です。
- 「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン」(環境省・経済産業省)— 算定の考え方と手順をまとめた、いわば教科書。グリーン・バリューチェーンプラットフォーム(算定ガイドライン)から無料で入手できます。
- 「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」(環境省の脱炭素経営に関する情報サイト)— 排出原単位データベース(Excel版)など、算定に使えるExcelがまとまっています。
- 「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック」— 中小企業向けに脱炭素の進め方を手順で整理した資料。環境省「脱炭素経営」ポータルから確認できます。
「専用ソフトは高い」というイメージが先行しがちですが、有償の算定クラウドやコンサルは、精度や運用効率を上げたくなった段階で検討すればよい選択肢。着手そのものは、無料ツールで十分に始められます。
【スモールスタート】検針票1枚から始める3ステップ
では、何から手をつけるか。
全部を一度にやろうとせず、まず1拠点・直近1年分に絞るのがコツです。

STEP1 自社分(Scope1・2)の請求書を集める
最初に着手すべきは、外部に問い合わせなくても集まる「自社の足元の数字」です。電気代の検針票、ガソリン・軽油・ガスの請求書を直近1年分そろえます。これがそのまま入力データになります。
STEP2 使用量を環境省の無料Excelに入れて、原単位を掛ける
集めた使用量(活動量)を環境省のExcelに入力し、対応する原単位を掛け合わせます。ここまでで、自社のScope1・2の数字が出ます。
STEP3 Scope3を求められたら「金額の大きい主要カテゴリ」から
取引先からScope3まで求められた場合の話です。ここでも全部を一度に対象にせず、仕入れた材料など金額や量の大きい主要カテゴリから着手します。
「仕入れた鋼材が作られたときのCO2」のようなデータは、仕入先からすぐに出てこないのがほとんど。その場合は、仕入金額やトン数に業界平均的な原単位(環境省のデータベースにある値)を掛けて概算します。基本ガイドラインでも、初めは金額や重さベースの推計で構わないとされています。
全体の順番は①自社のScope1・2を把握 → ②(求められれば)Scope3の主要カテゴリを特定。この順で進めると迷いにくくなります。
中小工場での進め方(現場のリアル)
実際に着手した現場は、どう壁を越えているのでしょうか。
ある金属加工の現場では、要請に焦りつつも、まず経理にある電気の検針票や燃料の請求書を集めるところから始めました。Scope1・2の数字が出せた段階で「まず自社分を報告し、Scope3は順次対応します」と元請けに伝えたところ、受け入れられたそうです。
ある樹脂成形の工場では、はじめ副資材の一つひとつまで正確に測ろうとして行き詰まりました。そこで金額ベースの推計に切り替え、まず概算で全体像を出すことで、報告の期限に間に合わせたそうです。
ある機械部品メーカーでは、客先から無償支給された材料(支給品)を自社のCO2に含めるか迷いました。自己判断せず、報告を求めてきた取引先に範囲を確認したことで、二重計上のリスクを避けられたそうです。
よくある失敗と、その回避策

失敗1 「完璧主義の罠」で期限切れ
ネジ1本の製造時CO2まで突き止めようと、仕入先のさらにその先まで問い合わせを重ねた末、データが揃わず期限切れ——ありがちな挫折パターンです。前述のとおり、初期は推計で構わないのが基本ガイドラインの立場。精度を求めるより「まず全体像を出す」ことを優先すれば、この罠は避けられます。
失敗2 請求書がバラバラで、集計だけで数週間
電気代の検針票や燃料の請求書を拠点・工場ごとに各現場が別々にファイリングしていて、集めるだけで数週間かかるケース。算定そのものより、この「データ集め」が最大の山場になりがちです。「請求書の置き場所を1つに集約する」ルールを決めるだけで、翌年以降の負担が一気に軽くなります。
とはいえ来年もまた、各工場から紙の検針票やガソリンのレシートを郵送させてかき集めるのは非現実的です。無料トライアルから始められる『マネーフォワード クラウド会計』などのシステムで、日々の経理業務(請求書や領収書のデータ)をクラウド化しておけば、来年のCO2算定は蓄積されたデータをエクセルに書き出すだけで一瞬で終わります。
算定の手間も、日々の会計業務も半分に削減できるため、今年を機にまずは無料のお試しから経理のデジタル化に触れてみるのも一つの有効な手段です。
失敗3 いきなり高額システム前提で、稟議が止まる
最初から数百万円のソフト導入を前提に社内へ諮ると、金額の大きさで稟議が止まり、算定そのものが前に進まなくなりがちです。まず無料ツールで着手して実績を作り、有償ツールへの切り替えは「元請けから精度向上を求められてから」で十分間に合います。
よくある質問(FAQ)
Q. 結局、うちは何を、どこに出せばいいの?
A. まずは自社の排出量(Scope1・2=燃料と電気の分)を算定し、報告を求めてきた取引先に提供します。提出先は国や役所ではありません。自社のScope3(仕入れた材料の排出など)まで求められるかは取引先次第で、最初から全部を用意する必要はないことが多いです。
Q. Scope3は、全部のカテゴリを出さないとダメ?
A. Scope3は国際ルール上15のカテゴリに分かれますが、全カテゴリを集計するのは、本来、開示義務を負う大企業側の課題です。納入する側にまず求められるのは自社のScope1・2で、Scope3まで求められた場合も、影響の大きい主要カテゴリから着手すれば十分なことが多いです。どこまで必要かは、報告を依頼してきた取引先に確認するのが確実です。
Q. 支給品(客先から無償支給された材料)は自社のScope3に入れる?
A. 二重計上を避けるという原則があり、判断が難しいケースです。環境省の「排出量算定に関するQ&A」を確認するか、報告を求めてきた取引先に「どの範囲で出してほしいか」を確認するのが安全です。自己判断で計算を進めると、あとで数字が合わなくなることがあります。
Q. 専用ソフトを買わないと算定できない?
A. いいえ。環境省が無料公開しているExcelと排出原単位データベースで、算定を始められます。有償ツールは、運用の効率や精度を上げたくなってからで十分です。
Q. 数字が概算でも、報告していい?
A. 開示の枠組みでも、実績値だけでなく見積り(推計値)による把握が想定されています。まずは概算で問題ありません。ただし、どの程度の精度を求めるかは元請けによって差があるため、報告前に確認しておくと安心です。
まとめ:明日、まず「請求書を1か所に集める」ことから

元請けからのCO2報告の要請は、たしかにプレッシャーです。けれど、高額なシステム投資は後回しでかまいません。環境省の無料ツールと手元の請求書だけで、自社分(Scope1・2)から着手できます。
明日、まずやってみてほしいのは、経理や総務にある「直近1年分の電気代の検針票」と「ガソリン・軽油・ガスの請求書」を1か所に集めること。ただそれだけです。
自社分の数字が出せれば、「まずはScope1・2から報告し、Scope3は順次進めます」と、元請けに具体的な進め方を示せるようになります。完璧を一度に目指さず、小さく始めて、求められた分だけ精度を上げていく。それが、予算も人手も限られた中小製造業の現実解です。


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