「ハイ、分かりました」
そう元気に返事をしたはずなのに、できあがった完成品を見ると指示とまるで違う。問い詰めても、返ってくるのはまた「分かりました」。そして、注意した次の日。本人は工場に来なかった。
「なんで嘘をつくんだ」「やる気がないのか」「やっぱり言葉が通じない相手はダメだ」——こう頭を抱える現場責任者は多いはずです。ですが実際は、彼らが嘘をついているわけでも、能力が低いわけでもありません。
原因の大半は「伝え方」と「ちょっとした文化のズレ」にあります。
この記事でわかること
- なぜ「分かりました」が当てにならないのか、その本当の理由
- 現場を混乱させている「曖昧な日本語」と、それを正す確認のしかた
- お金をかけずに今日から始められる「見える化」3つの工夫
その「分かりました」は、嘘ではありません
まず押さえておきたいのは、「分かりました=理解した」ではない、という現実です。
文化や育った環境によって度合いは違いますが、海外、とくにアジア圏の多くの現場では、「分かりません」と口にすること自体が、強い恥(メンツを失うこと)だと感じられる傾向があります。
目上の人から何かを教わったとき、「分かりません」と返すのは「あなたの説明が下手だと責めること」「自分が無能だと認めること」になってしまう——そんな感覚です。だから、その場をしのぐために、とりあえず「ハイ」と言う。
これは不誠実さでも能力不足でもありません。本人なりに、その場の空気を壊さないよう気を遣った結果なのです。
そして実は、これは外国人スタッフだけの話ではありません。日本人だって、上司に向かって「今の説明、よく分かりませんでした」とは言いづらい。「分かったフリ」は人間共通のクセであって、そこに言葉の壁が重なるから、製造現場では特に表面化しやすいのです。
相手の文化は変えられない。でも「自分の日本語」なら変えられる
「だったら、その文化のほうを日本式に直してもらえばいい」——そう考えたくなりますが、それはほぼ不可能ですし、意味もありません。相手は生まれてから20年、30年と、その価値観の中で育ってきた人です。数ヶ月の現場研修で、染みついた感覚をこちらの都合のいいように上書きすることはできません。
だからまずは、「そういう文化で育ってきた人なのだ」と理解し、受け入れること。これがすべての出発点になります。相手を変えようとし続けるかぎり、現場の消耗は終わりません。
では、打つ手はないのか。そんなことはありません。変えられないのは相手の文化だけ。変えられるのは、自分自身の日本語の言い回しです。
「分かったフリ」が重大事故を招くことがある

ここで、現場でリアルに起きうるヒヤリハット事例を一つ紹介します。
ある工場で、外国人スタッフに組立工程のライン作業を教えたときのことです。担当者は「この順番でやれば大丈夫」と動作を実演し、スタッフは「ハイ、分かりました」と答えました。一見、問題なく仕事を覚えたように見えました。
ところが数日後、本人が「もっと早くできる」と考え、インターロック(安全装置の一種)を自己判断でバイパスして作業を続けていたことが発覚しました。効率を上げようとした、本人なりの善意の行動です。しかし一歩間違えば、重篤な巻き込まれ事故につながっていた可能性がありました。
ここで押さえておきたいのが、安全に対する「当たり前」は、国によって大きく異なるという現実です。
日本の製造現場では、安全装置を外すことは「あってはならないこと」として徹底的に教え込まれます。ところが、出身国や前職の工場環境によっては、「安全装置を一時的に外してでも生産スピードを上げる」ことが、現場の当然の慣習になっていたケースがあります。なかには、それを機転の利く行動として評価されてきた経験を持つ方もいます。
これは個人の資質や倫理観の問題ではありません。育ってきた現場の「常識」がそもそも違う、ということです。悪意はゼロ。むしろ「良かれ」と思って動いている。だからこそ、始末書を書かせても再発を防げず、管理者だけが消耗します。
日本人の新人に教えるときのような「これやっちゃダメだよ」の一言で済む話ではありません。「日本ではなぜ安全が生産スピードより絶対に優先されるのか」という大前提を、ゼロから丁寧に伝え直す必要があるのです。労働安全衛生法の存在、重大事故が起きたときの工場全体への影響、会社と本人の双方が被るリスク——こうした背景ごと、言葉を尽くして共有することが、外国人スタッフへの安全教育の出発点になります。
現場の「曖昧な日本語」が、ズレを生んでいる
不良の原因を「相手の理解力」に求める前に、一度、自分の言葉に焦点を当ててみてください。私たちは無意識のうちに、現場の曖昧な日本語を使っていないでしょうか。
たとえば、こんな言葉です。
- 「適当にやっといて」
- 「いい塩梅で締めといて」
- 「いつもの感じでよろしく」
日本人同士なら「空気」で通じるこれらの指示は、言葉どおりに受け取る相手にとってはお手上げです。「適当に」は辞書を引けば「いい加減に」とも読めてしまう。「いい塩梅」には、どこにも具体的な数値がありません。
日本の製造現場は「言わなくても察してくれる」前提で回ってきた職場です。その前提を、文化も言語も違う相手にそのまま当てはめれば、ズレが出るのは当然なのです。
口頭の「分かった?」をやめ、「やってみせて」に変える
ここで提案したいのが、確認方法の標準化です。指導の最後に「分かった?」と口頭で聞くのを、今日からやめてみてください。
「分かった?」と聞かれれば、相手は反射的に「ハイ」と答えます。前述のとおり、それは確認になりません。
代わりに、「じゃあ、いま教えたことを、1回ここでやってみせて」と、言葉で確認するのではなく、実技で確認する。これだけで、その場で思い違いが減り、不良品になる前に見つかります。
さらに、安全に関わる手順については「なぜこの順番でやるのか」を必ずセットで伝える。動作だけでなく「意味と理由」まで届いているかどうかを、実技確認の中で見極めることが重要です。
明日からできる、お金をかけない「見える化」3つの工夫

大がかりなシステムは要りません。テプラと紙、現物——道具はそれだけで今日から始められます。
① 母国語ラベルの併記
主要な設備やスイッチに、日本語だけでなく相手の母国語をテプラ等で併記しておきます。
「電源」「非常停止」のように、誤操作が事故や不良に直結する箇所ほど効果が大きく、数百円のテープ代で済みます。安全装置の周辺には優先的に貼るようにしましょう。
② 限度見本の常設
OK品とNG品の実物を作業台に並べて置いておきます。
「キズはどこまでが許容か」を言葉で説明し切るのは難しいもの。写真を印刷して貼っておく現場もありますが、光の加減やキズの深さは紙では伝わりきらず、「これがNGに見えなかった」というすれ違いが起きやすくなります。触って確かめられる現物を置くことで、言語に関係なく合否の基準が正確に伝わります。
③ 指さし呼称
確認すべき箇所を指でさし、声に出して確かめる「指さし呼称」を習慣づけます。
動作と声がセットになるぶん、流し見の見落としが減ります。言葉が完璧でなくても「どこを・何のために確認するのか」が体で共有できる、現場向きのアナログな工夫です。
翻訳アプリ・通訳ツールも活用の選択肢に
ここまで紹介した「見える化」は、いずれも言葉の壁そのものを低くするアナログな工夫です。
これに加えて、翻訳アプリ(Google翻訳など)や母国語の手順動画、対面用の通訳機といったデジタルの道具も、補助的な手段として有効です。ただし、工場の騒音環境や軍手をしたままでも実用的に使えるかどうかは、製品によって大きく差があります。
工場の騒音環境や、軍手をしたままでも実用的に使える翻訳アプリ・通訳ツールの選び方については、後で詳しく解説します。
なお、伝え方の工夫を整えたあとの次のステップ——外国人スタッフの離職を防ぐキーマンの育て方や定着の仕組みについては、「外国人スタッフの突然の離職を防ぐ!『キーマン』の育て方と定着の仕組み」で詳しく解説しています。
まとめ|明日、現場でまず実行できること
外国人スタッフの「分かりました」が当てにならないのは、嘘でも能力不足でもなく、メンツを大切にする文化と、現場の曖昧な言葉とのミスマッチが主な原因です。
相手の文化は変えられませんが、こちらの伝え方と現場の仕組みは、今日から変えられます。
特に見落としがちなのが、手順の「意味と理由」まで届けているかという点です。動作だけを教えて安全の背景が伝わっていない状態は、本人の善意が予期せぬ事故につながるリスクをはらんでいます。
まず明日の朝、たった一つだけ。指導のあとの「分かった?」を「じゃあ、一回やってみせて」に変えてみてください。伝わっていなかったことが不良になる前に見えてきます。その小さな一歩から、現場は確実に変わり始めます。
💡合わせて読みたい:
「工場の工程管理・進捗管理|現場が『入力してくれない』本当の理由と解決策」



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